日記・コラム・つぶやき

2009年7月 6日 (月)

梅雨空の朝

 また、新しい1週間が始まりました。このブログには、ずっと書き込みをお休みしていましたが、私は変わりなく仕事やその他の用事(遊びも含めて)に忙しい日を送っています。
 週末に、新しいミニノートパソコンを購入しました。そのことで、昨夜は書き込みをしようとしたのですが、長い文章を書き終わったところで、間違ってエスケープキーを押してしまい、せっかく書いたものが跡形もなく消えてしまいました。相変わらず、ドジな私です。もちろん、新しいパソコンを使って書いていたためのミスなのです。
 それでも私は、新しいものが大好きです。特に、パソコンを買い換えてその使い心地を試している時のわくわくする気分、これは身内にも全くわかってもらえないようです。また、この話題はもう少し時間のあるときにじっくり書きます。
 今日はこれからスポーツクラブへ行って、プールの中で体を動かしてきます。午後はゆっくり家で練習。うっとうしい天気の中、そんな1日を過ごします。

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2009年5月 9日 (土)

神宮球場

 今朝起きてインターネットをやってみると、本橋恵美さんのブログに昨日のことが書かれていて、このページにもリンクが張られていました。そこで、まずは彼女のブログへのリンクを張りましょう。

涙が見せられない再会

 昨日は、副都心線の明治神宮前駅から本橋さんのマンションへ歩いたのですが、ちょうど雨が止んでいて良い気分でした。若者向きの商店が並び、若い女性の声や外国語が周りから聞こえていました。ずっと前、この近くに弟のオフィスと店があり、時々来たことがありました。
 また、帰りは外苑前駅に歩いて、「ベルコモンズ」という建物の前に出ました。ここは、1978年から87年まで、「クラシック音楽を楽しむ集い」と題したサロンコンサートを継続的に開いていた、懐かしい所です。偶然そのような場所が歩けたのも、私には嬉しいことだったのです。
 話しは変わりますが、本橋さんの1日前のブログに、神宮球場へ行ったと書かれてありました。あそこも、私には懐かしいところです。義父がヤクルトの元監督、若松勉氏とお知り合いだったため、若松氏の監督時代は、ほとんど毎年神宮球場へ試合観戦に出かけていたのです。
 元元野球好きの私は、小学生の頃から父に連れられて駒沢球場や川崎球場へ行っていました。父の死後は、義父母と、時には義父と二人だけでヤクルトの試合を見に行ったこともありました。
 最近は、あまり野球に関心のなかった妻も一緒に、年に一度出かけるのが習わしになっていましたが、2005年の初の交流戦、ヤクルト対ロッテを見たのを最後に、若松氏が辞任されたこともあって、神宮球場はすっかりご無沙汰になってしまいました。義父も高齢となり、野球見物への誘いも来なくなりました。時は移ろい、少しずつ周りの様子や人の営みも変化していきます。でも、たくさんの楽しい思い出を持っている私は、やはり幸せだと思います。
 そういえば、若松さんは今夜、松山からのナイター中継で、解説者としてラジオに出演していました。ちゃんとお会いしたのは2度ほどでしたが、誠実で実直な方で、ラジオの解説も実に的確なものです。それを楽しみながら、今夜は神宮での野球観戦の思い出に浸る一時を過ごしました。

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2009年3月19日 (木)

日本頑張れ

昨日は、前の夜にあまり睡眠がとれないまま、学生コンクールの審査員会議に出てゆっくり昼食を取る時間がなく、空腹だったところへ、WBCで日本が韓国に負けたため、午後は最悪な気分でした。生徒に電話をかけたとき、「先生元気がないですね」と言われてしまいました。
しかし、昨夜はぐっすり眠り、今日の午前中が締め切りだった点字の新聞への原稿を書き上げ、しかも日本がキューバに勝利したので、最高の気分です。1日でこんなに体調が変わるのかと、我ながらびっくりします。
私は、子供のkorokara野球の放送を聴くのが3度の飯より好きなのです。もちろんWBCも、夢中で日本を応援しています。ようやくイチロウにも安打が出たし、連破はけっして夢ではないと思います。
 選手には、集中力を高めて悔いのない試合を続けてくれることを願っています。ぜひ、優勝して帰ってきてください。

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2009年3月16日 (月)

困ったこと

 ロシアから帰って5日目、「ロシアも寒いけど東京もけっこう寒いな」などと思いながら、それでも元気にやっています。
 しかし、ちょっと困ったことが起きました。私は、できる限り時間を作って、土曜日の夕方に妻の美寧子と近くのスポーツクラブへ行き、ピラティスのレッスンを受けていました。美寧子は2005年からこのクラスに参加し、「とてもいいから一緒に行ってみようか」と私を誘っていましたが、先生の動きを目で追って真似ることができない私は、グループレッスンに付いていけないのではないか、インストラクターを戸惑わせるのではないか、と考えてためらっていました。もちろん、惨めな気持ちになりたくはないという思いも強く働いていました。
 私は元元体育が苦手で、特に高校生時代は教師にいじめられ、いつも悲しい思いを味わっていました。だから、運動に関しては強いコンプレックスがあります。それでも、同じスポーツクラブのプールでのレッスンには数年前から参加するようになり、歓迎してくれるインストラクターもいて、けっこう楽しくやっていました。でも、別の種目となると心配が先に立ちます。
 3年前の夏のこと、私は美寧子がピラティスに出ている間、インストラクターの個人指導で器具を使ったトレーニングをし、それを終えて一人でストレッチをしているところに、ピラティスを終えた人たちがどやどやと出て来ました。美寧子が私の側に寄ったのを見たインストラクターの女性が、「一度来てみませんか?一緒にやりましょうよ」と気さくに声をかけてくれたのです。その言葉に勇気づけられて、2006年の9月から、美寧子と一緒にピラティスを始めました。
 そのインストラクターは、本橋恵美さんといい、実に巧みな指導でかなりハードなトレーニングをします。言葉による説明が上手なので、私は彼女が何をやらせたいのかが容易に理解でき、できるかできないかは別として、クラスでのレッスンを楽しく受けるようになりました。そして、身体が活性化すると共に、演奏にも著しい効果が現れてきたのです。
 ピラティスは体幹のトレーニングで、それをやるには、今体のどの部分を使っているかをしっかり意識することが大切だと、本橋さんは言います。それは、演奏も全く同じことで、体のどこに余計な力が入っているかなどを意識できるようになると、ずいぶん楽に弾けるようになるのです。「ピラティスを続けていけば、70になっても80になっても演奏していけるな」と、私は大きな安心感を与えられ、気持ちが前向きに変わっていきました。
 本橋さんは、私が仕事で何週間も休んだ後でも、いつも温かく迎えてくれました。そして、間違った動作をしていると短い言葉でさりげなく注意してくれるのでした。顔を真っ赤にして、ハードなトレーニングをしながら、私の心はいつも安心感に満たされ、「こんな気持ちで運動ができるとは夢にも思わなかった」と感じるほどでした。
 ところが、その本橋さんが、3月限りで私たちの通っているスポーツクラブを辞めると言うのです。彼女の話によれば、1月以降何度か代行をたてて別の仕事をしなければならなかったが、そのことで本社にクレームを付けた人がおり、「今後も一度でも代行を頼むつもりなら、辞めてもらう」と言われたのだそうです。
 代行はないに超したことはありませんが、参加者たちは彼女の忙しさを理解し、それでも気持ちよくレッスンに通っていたはずです。それを、何も知らない本社の上役が勝手に辞めさせるなどということが許されるのでしょうか。
 もし本当に彼女が辞めてしまったら、私個人にとって計り知れない損失と打撃です。どこか近くでピラティスをやっているところを探すしかないでしょうが、彼女ほど卓越した指導者が簡単に見つかるとは思えず、今は絶望的な気分になっています。来週は、土曜日に時間があるので、ピラティスのクラスに行こうと思いますが、もし3月で辞めてしまうなら、私にはそれが最後になります。多くの仲間や心ある人の力で、この決定が覆ることを願うばかりです。

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2009年2月22日 (日)

時間が足りない

私のホームページにチュマチェンコのリサイタルの感想を書こうと思っているのですが、なかなか落ち着いた時間が持てません。今日はそのチュマチェンコの公開レッスン(マスタークラス)を聴きに行きましたが、非常に中身の濃いレッスンで大変感動し、満足しました。
夕方は、毎週行くことを心がけているピラティスのレッスンに参加し、9時からの遅い夕食で少しワインを飲んだら、ぐっすり眠ってしまいました。あわてて1時間練習し、届いたメールにいくつか返信し、4月24日の清里のコンサートのパンフレット作りのために曲のできた年をネットで調べるなどしていたら、もう2時になってしまいました。
聴きたいCDもあったのですが、明日に回します。いつも時間がないことをぼやきながら暮らしているくせに、携帯を買いに行く時間は無理矢理作ってしまう、変な私です。明日は3人の生徒を教え、プールでの体操に行き、練習もする、というちょっとハードな日曜日になりそうです。

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2009年2月14日 (土)

妻の誕生日

 今日はバレンタインデー、そして妻、土屋美寧子の誕生日です。
 彼女と一緒にこの日を迎えるのは、結婚前も含めて33回目になると思います。こうなってくると、本人は誕生日を迎えてもさほど嬉しそうではありませんが、また1年が無事に経過して年を重ねることができたというのは、やはりめでたいことです。
 このような「記念日」が来ると、私は「5年前の今日はあんなことがあった。10年前はこうだった」などと思い出にふけるのが好きです。美寧子はそんなことにはほとんど興味がないらしいので、一人で思い出に浸って楽しんでいます。新婚当時は、外へ食べに行ったこともありましたが、私の方が酔っぱらってしまって、帰りに苦労したのを覚えています。アルコールの料は彼女より少ないのに、私はすぐ酔ってしまうのです。でも最近は、彼女の誕生日といっても特別なことはしなくなりました。そして去年は、と思い出そうとしてもなかなか頭に浮かんでこない。日記かメモを見ないと、思い出せそうもありません。年を重ねると、こんな風になるのですね。
 明日は名古屋の演奏会、9時過ぎには家を出なければいけないので、今夜は早めに休みます。
 ☆土屋美寧子と仲間のブログがcocolog の中にあります。興味がおありでしたらこちらをご覧下さい。

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2009年2月11日 (水)

休日の朝に

今、私はベッドの中でこれを書いています。視覚障害者である私は、携帯の画面を見なくても文字入力ができます。仰向けに寝て、腹の上に携帯を置き、イアフォンで入力文字の音声読み上げを聴きながら書いているのです。
ところで、私は携帯でメールを書く時、どうしても人差し指でボタンを押してしまいます。他人がやっているのを見たことがないので、これが普通だと思っていたのですが、ある時妻の美寧子から「普通は親指でやるのよ」と言われてびっくり!子供の頃から人差し指で電話のダイアルを回していたので、その延長でプッシュボタンも人差し指で押していました。そして携帯のメールも、という訳です。しかし、考えてみれば、人差し指で打つためには手でボタン全体を覆ってしまうので、見ながら書くには不便ですね。私も親指で書こうと思って練習するのですが、人差し指よりずっと時間がかかってしまいます。でも、脳トレのためにも親指の練習は続けようと思っています。
ちなみに、今はもうベッドの中ではありません。練習の合間に書き上げました。

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