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2009年3月23日 (月)

後1試合

 WBC、今日のアメリカ戦は本当に素晴らしかったですね。リードを許しながらも、あわてずに各自がきっちりとプレイした結果だと思います。
 まさか私のブログを選手が読んだとは思えませんが、予感したとおりのゲームになり、驚いています。
 先頭打者ホームランを打たれたときはどうなるかとひやひやしましたが、日本の底力が十分に発揮され、頼もしく感じました。
 明日は決勝戦。韓国は楽な相手ではありませんが、是非ともペキンの雪辱を果たしてもらいたいものです。
 両チームの健闘と、日本の優勝を祈っています。

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優勝に向かって

一つの国際スポーツ大会で、同じチームと5回も戦うことになるのは、どう考えてもおかしなルールですね。でも、決められたルールだから仕方がありません。WBCで日本がアメリカに勝てば、決勝戦の相手はまたまた韓国です。
なんとしてでもアメリカに勝ち、韓国も打ち破って、優勝を手にして欲しいものです。チャレンジャー精神を全面に出し、集中力を高めて戦って欲しいと願っています。たとえリードを許しても、あわてることなく集中力を持って臨めば必ず道は開けると信じます。
日本の健闘を祈って、今夜の眠りに着きます。

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2009年3月19日 (木)

日本頑張れ

昨日は、前の夜にあまり睡眠がとれないまま、学生コンクールの審査員会議に出てゆっくり昼食を取る時間がなく、空腹だったところへ、WBCで日本が韓国に負けたため、午後は最悪な気分でした。生徒に電話をかけたとき、「先生元気がないですね」と言われてしまいました。
しかし、昨夜はぐっすり眠り、今日の午前中が締め切りだった点字の新聞への原稿を書き上げ、しかも日本がキューバに勝利したので、最高の気分です。1日でこんなに体調が変わるのかと、我ながらびっくりします。
私は、子供のkorokara野球の放送を聴くのが3度の飯より好きなのです。もちろんWBCも、夢中で日本を応援しています。ようやくイチロウにも安打が出たし、連破はけっして夢ではないと思います。
 選手には、集中力を高めて悔いのない試合を続けてくれることを願っています。ぜひ、優勝して帰ってきてください。

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2009年3月16日 (月)

困ったこと

 ロシアから帰って5日目、「ロシアも寒いけど東京もけっこう寒いな」などと思いながら、それでも元気にやっています。
 しかし、ちょっと困ったことが起きました。私は、できる限り時間を作って、土曜日の夕方に妻の美寧子と近くのスポーツクラブへ行き、ピラティスのレッスンを受けていました。美寧子は2005年からこのクラスに参加し、「とてもいいから一緒に行ってみようか」と私を誘っていましたが、先生の動きを目で追って真似ることができない私は、グループレッスンに付いていけないのではないか、インストラクターを戸惑わせるのではないか、と考えてためらっていました。もちろん、惨めな気持ちになりたくはないという思いも強く働いていました。
 私は元元体育が苦手で、特に高校生時代は教師にいじめられ、いつも悲しい思いを味わっていました。だから、運動に関しては強いコンプレックスがあります。それでも、同じスポーツクラブのプールでのレッスンには数年前から参加するようになり、歓迎してくれるインストラクターもいて、けっこう楽しくやっていました。でも、別の種目となると心配が先に立ちます。
 3年前の夏のこと、私は美寧子がピラティスに出ている間、インストラクターの個人指導で器具を使ったトレーニングをし、それを終えて一人でストレッチをしているところに、ピラティスを終えた人たちがどやどやと出て来ました。美寧子が私の側に寄ったのを見たインストラクターの女性が、「一度来てみませんか?一緒にやりましょうよ」と気さくに声をかけてくれたのです。その言葉に勇気づけられて、2006年の9月から、美寧子と一緒にピラティスを始めました。
 そのインストラクターは、本橋恵美さんといい、実に巧みな指導でかなりハードなトレーニングをします。言葉による説明が上手なので、私は彼女が何をやらせたいのかが容易に理解でき、できるかできないかは別として、クラスでのレッスンを楽しく受けるようになりました。そして、身体が活性化すると共に、演奏にも著しい効果が現れてきたのです。
 ピラティスは体幹のトレーニングで、それをやるには、今体のどの部分を使っているかをしっかり意識することが大切だと、本橋さんは言います。それは、演奏も全く同じことで、体のどこに余計な力が入っているかなどを意識できるようになると、ずいぶん楽に弾けるようになるのです。「ピラティスを続けていけば、70になっても80になっても演奏していけるな」と、私は大きな安心感を与えられ、気持ちが前向きに変わっていきました。
 本橋さんは、私が仕事で何週間も休んだ後でも、いつも温かく迎えてくれました。そして、間違った動作をしていると短い言葉でさりげなく注意してくれるのでした。顔を真っ赤にして、ハードなトレーニングをしながら、私の心はいつも安心感に満たされ、「こんな気持ちで運動ができるとは夢にも思わなかった」と感じるほどでした。
 ところが、その本橋さんが、3月限りで私たちの通っているスポーツクラブを辞めると言うのです。彼女の話によれば、1月以降何度か代行をたてて別の仕事をしなければならなかったが、そのことで本社にクレームを付けた人がおり、「今後も一度でも代行を頼むつもりなら、辞めてもらう」と言われたのだそうです。
 代行はないに超したことはありませんが、参加者たちは彼女の忙しさを理解し、それでも気持ちよくレッスンに通っていたはずです。それを、何も知らない本社の上役が勝手に辞めさせるなどということが許されるのでしょうか。
 もし本当に彼女が辞めてしまったら、私個人にとって計り知れない損失と打撃です。どこか近くでピラティスをやっているところを探すしかないでしょうが、彼女ほど卓越した指導者が簡単に見つかるとは思えず、今は絶望的な気分になっています。来週は、土曜日に時間があるので、ピラティスのクラスに行こうと思いますが、もし3月で辞めてしまうなら、私にはそれが最後になります。多くの仲間や心ある人の力で、この決定が覆ることを願うばかりです。

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2009年3月 9日 (月)

もうすぐ帰国

6日は、モスクワで完全な休日を過ごしました。朝は、10時半からロシア正教の礼拝を見学。これは友人から「コーラスが素晴らしいし、音楽も独特の雰囲気があるから是非聴くと良い」と勧められたのです。その友人お勧めの教会がホテルからあまり遠くなかったので、出かけてみました。
ロシア正教についての知識はあまりなく、およそ2時間の礼拝の間ずっと立ったままなのだということも初めて知りました。礼拝堂の中に、椅子がまったくないのです。聖歌隊は本当に素晴らしく、歌手のように朗々とした声で祈りを捧げる司祭さんと対話を交わすようにしながら儀式が進んで行きます。私たちがとどまった30分ほどの間には、一般の会衆が声を出すことはありませんでしたが、いかにもロシア的な暗く重々しい旋律の聖歌が歌われていました。
教会に続いては、ボリショイ劇場でチャイコフスキーのオペラ「イオランタ」を鑑賞。チャイコフスキーの最後のオペラで、割合地味な作品ですが、私は「ロシアの音」に包まれて幸せな心地良さを味わっていました。やはり、ここで聴くロシア音楽は、他のどこでも聞けない響きを持っています。この音を生徒たちにも聴かせてあげたい、そうすればロシアの曲を弾くときに様々なイメージが広がることだろう、と考えていました。
近くのイタリア料理で昼食の後は、トレチャコフ美術館を訪れて、美寧子がロシア絵画を見るのに付いて歩きながら、その印象などを説明してもらって、これまたなかなか楽しい時間でした。
コーヒーとケーキで一息付き、再びボリショイに戻って、夜はミンクスのバレエ、ボン・キホーテを鑑賞しました。これはバレエが非常に素晴らしく、美寧子は堪能していましたし、客席も昼間のオペラとは比べものにならないほど盛り上がっていました。音楽はチャイコフスキーの方がずっとおもしろいと思うのですが、ビジュアルアートの威力を痛感しました。
話は変わりますが、NHKの朝ドラ、「だんだん」で、40年ぐらい前に流行した「恋のバカンス」という歌をリバイバルしてやっていましたが、今朝の朝食の時、ラジオからこの曲のメロディーが聞こえてきました。歌詞はロシア語で、アレンジもずいぶん違っていましたが、まさにあのメロディーでした。音楽は時や場所を越えて存在する力があるんだな、と一人で感じ入っている私でした。
間もなく飛行場へ向かい、帰国の便に乗ります。現実を離れた生活に別れを告げ、またいつもの慌ただしさの中へ戻っていくのです。

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2009年3月 6日 (金)

コンサートは終わりました

今日のコンサートは無事に終わりました。「ブラボー」の掛け声と手拍子をそろえた拍手を聴きながら、私は全身でロシアを味わっていました。
オーケストラはとても立派に演奏してくれましたが、どちらかと言えば20世紀的な解釈で、私が目指している古楽的なフレージングなどを取り入れた演奏にまで踏み込むことはできなかったのですが、私自身はけっこう伸び伸びと自分のやりたいことを表現できた満足感が残りました。
妻の演奏は、その後にデュオで日本の作品を2曲弾いたため、楽屋で休んでいてちゃんと聴くことができなかったのですが、リハーサルを聴いた感じでは、久方ぶりのオーケストラとの協演にもかかわらず、かなりソリスティックにしっかりと弾いていました。ちなみに、今回彼女が弾いたイ長調の協奏曲は、7月26日の八ヶ岳でのコンサートで、弦楽五重奏との共演で演奏する予定です。
コンサートの後、指揮者のお仲間たちと打ち上げに出かけました。気温は、たぶんプラスの2度ぐらいだったでしょうか、働いて火照った体には、冷気がとても心地よく感じられました。
最初に入ろうとしたパブのような店は、喫煙席しか空いていなかったのでパス。次に行ったのは超モダンなショッピングセンターの中のレストランで、メニューは何でもあり、私は美味しいピザを、妻の美寧子はサラダを、他の人たちは寿司を食べました。アメリカからの留学生の若者とそのガールフレンドのロシア人も一緒で、和やかに話が弾みました。ロシア語の響きを味わいながら、「自分もこれが話せたらどんなに楽しいだろうか」と思ったものでした。そこで、昔覚えた片言で「私はロシア語で話したいけど、できない」と言うと、「発音はいいよ」とほめられました。難しすぎて、ちゃんと勉強する時間はなさそうですが、非常に魅力的な言語だと思います。
さて、明日は盲学校で演奏し、生徒たちとの交流会を持ちます。これで「公式日程」は終わり、つかの間のホリデイを楽しんで間もなく帰国します。

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2009年3月 5日 (木)

明日はコンサート

 昨日からオーケストラとの練習が始まり、少し忙しくなりました。でも、何となく慌ただしい東京での生活とは違って、今は音楽のことと、ロシアを味わうことに集中していられるので、時間がゆったりと流れているように感じられます。
 今回は、いわばボランティアのような形で演奏に来たので、この旅行自体がホリデーみたいなものなのですが、それでも演奏はいい加減にするわけにはいきません。特に今回のプログラムであるモーツァルトの協奏曲は、私たちにとって永遠の課題とも言える音楽で、1音たりとも忽せにできない厳しさがあります。聴いていると、心が弾むような、またゆったりと夢の世界に包まれるような豊かさを持つ音楽ですが、これを生き生きと表現するにはけっこう工夫が必要なのです。
 もう 200年以上も前に作られた作品なので、解釈もさまざまです。ここのオーケストラは、きちんと強弱の差を付けてメリハリのきいた演奏をしていますが、私には強弱の差がやや過剰のように感じられ、もう少し流れるようなフレージングが欲しいと思いました。それをアドバイスすると、すぐに反応してくれ、皆の熱心さが伝わってきて嬉しくなりました。大学生も加わった地方のオーケストラだけに、良い音楽をやろうと素朴に取り組んでいる姿勢に好感を覚えます。
 ところで、この町ではまだ日本の方に一人も会いません。クルスクにはいったい日本人が住んでいるのかどうかも、私にはわかりません。でも、もしどなたか偶然にここにお住まいの方が私のブログを見て下さったなら、ぜひ明日(3月5日)の午後6時に大学のホールへいらして下さい。きっと楽しいコンサートを味わっていただくことができるでしょう。
 今夜は指揮者のお宅におじゃまし、奥様の手料理をご馳走になりながらくつろいだ時間を過ごしました。本当に、心を込めて精一杯にもてなして下さるので感動してしまいます。私は、グラス半分ほどのワインで、何度も乾杯を重ねていました。
 昨日も今日も、朝の10時から練習だったので早起きしましたが、明日は午後の4時から最終のリハーサルなので、朝は寝坊ができそうです。よい夢を見て、そして元気に明日の本番を迎えたいと思います。

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2009年3月 3日 (火)

静かな夜

わたしたちは、ロシアで2日目の夜を静かに迎えています。今日は、長旅と睡眠不足のわりには、元気な1日を過ごしました。
木曜日の演奏会で大学の室内オーケストラの指揮を執るセルゲイ・プロスクーリン氏と会った他、2007年に審査員を勤めたコンクールを主催した「視覚障害者音楽専門学校」を訪ねて、校長のスタニスラフ・パプコフ氏とも懐かしい再会を果たしました。学校は6日に訪問する予定でしたが、指揮者と校長の間でちゃんと連絡が取れていて、「お昼の食事は盲学校で取りませんか?」と誘われ、出かけたのでした。この学校で用意してくださる食事は、とても美味しいのです。
パプコフさんは、視覚障害者の教育に大変熱心な方ですが、お酒が大好きで、私たちが「これから練習するのでアルコールはご遠慮したい」と言っても、「再会を祝って乾杯しなくちゃ」とワインをついでしまいました。そして、「再会を祝して」「コンサートの成功を祈念して」「友人たちの健康を祈って」など様々な名目で乾杯を重ねるのです。私は、中川前財政相の酩酊記者会見を思い出しておかしくなりながら、ほんのわずかグラスに口を付けていました。同席した指揮者と共に、通訳を介してですがいろいろと話が弾み、楽しい時間でした。
私たちの宿舎は大学のゲストルームですが、妻と私に一部屋ずつ与えられているので、質素ではあっても広い居住空間の中で落ち着いた気持ちで過ごせます。明日は、10時からオーケストラとの練習です。

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2009年3月 2日 (月)

ロシアより

今、私たちはモスクワから約500キロ離れたクルスクの町へ、車で向かっています。前回、一昨年の11月にこの町へ行ったときは夜行寝台での移動でしたが、今回は、私たちの招聘もとであるクルスク大学の担当者が、ドライバー付きの車でモスクワ空港まで迎えに来てくれました。重い荷物を持っての移動は大変なので、車で行けるのは有り難いのですが、10時間の飛行機の旅の後で狭い乗用車の座席に体を畳んで座っているのは、少々苦痛です。今も、トイレ休憩の時に腿上げや腰の髷延ばしをして体をほぐしましたが、足はむくむし腰は痛いし、かなりダメージを受けている感じです。すでにこちらの時間で夜の10時を回りましたが、まだ4時間ぐらいはドライブしないと目的地には着かないようです。なにしろ、東京、大阪間に匹敵する距離を移動するのですから。
今、これを書いている途中で眠ってしまい、ガソリンスタンドに停車して目が覚めました。1時間近く眠り、少し楽になりました。目的地まで何とかもちそうです。明日は休養日、しっかり体力を回復させて木曜日のコンサートに備えます。

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